Yamio’s Disc

アフィリエイト広告を含みますよ。けど審査に落ちましたよ。

矢野顕子 / LOVE LIFE

矢野顕子 / LOVE LIFE


 1991年10月25日発売
 スタジオアルバムとして12作目
 MIDIからEpicSonyへ移籍しての第一弾
 写真はCD版(ESCB - 1255)
 のちに(2013年4月10日)にブルースペックCD2で再発


 ちなみに1991年(平成3年)の主な出来事は、

  • 湾岸戦争勃発(1/17)
  • クウェート開放(2/27)
  • バブル崩壊
  • ソ連崩壊
  • 雲仙普賢岳の火砕流発生(6/3)
  • 宮沢内閣発足(11/5)



目 次

収 録 曲

1. BAKABON

 作詞・作曲 : 矢野顕子

 drums : Steve Ferrone
 bass : Will Lee
 guitar : kenji omura
 piano & keyboards : Akiko
 background vocals : Suzuki Shoko , Yasuhiro Mitani
 soprano sax : Chris Hunter
 alto sax : Lou Marini
 tenor sax : Alex Foster
 baritone sax : Roger Rosenberg

 HORN ARRANGEMENT : Gil Goldstein


《memo》
 前作『Welcome Back』(1989.4.21.)から実に2年6か月ぶりの新作である。
 その第一声がこれ。



 これでいいのだ~♪



 御存知、天才バカボンのあまりにも有名すぎる決め台詞でこの大傑作は幕を上げる。
 もうそれで『勝ち』でしょう。このアルバム。


 この間に何があったのか簡単におさらいをしておこう。
 まず米国移住が1990年のこと。
 ともに渡米した夫(坂本龍一)との別居が報じられたのはその翌々年。
 1993年に発売されたYMOの再生*1アルバム『テクノドン』のレコーディング中に、坂本宅を訪れた細野晴臣が、矢野に指摘されて屋外で煙草を吸ったという逸話*2がある。


 ということは細野さんが訪問したのは別居の直前ということだろうか。

 
 しかし渡米直後にはすでに坂本は女性マネージャーと生活をはじめており、子をもうけて、矢野との籍を継続しつつもマネージャーとは事実婚という関係を始めているのだな。
 矢野もその関係を了承していたとされ。
 マネージャーとの間にもうけた子はのちに映像プロデューサーとして活躍する。
 坂本の遺作ともいえる闘病ドキュメントを撮ったのは、その彼である。


 矢野との正式な離婚は2006年。


 ともかく、いろいろあった挙句の『これでいいのだー』なのであーる。
 痛快だろ?
 勝ちだろ?
 この晴れわたる風通しを、
 スティーブ・フェローンのドラムが、
 その爆音スネアが、
 ぐいぐいぐいぐい牽引していくではないの。
 軽快かつ重厚。
 さながら高級車のごとき走り(乗ったことないけど)。
 軽トラじゃないよ。
 フェラーリだよ(乗ったことないけど)。
 そしてこの重心のず太さはウィル・リーのベースあってこそだろう。


 フェローンとは『峠のわが家』からの仲でもあるし、またウィル・リーとはスタジオアルバム2作目『いろはにこんぺいとう』からの仲で、もはや盟友といっていいだろう。
 そしてギターが、これも長~い付き合いの大村憲司だ。
 数々の矢野の代表作を支えてきた彼。云わずと知れたいぶし銀の名バイプレーヤー。
 矢野からの信頼もあつく、二人きりのデュオでのライヴも敢行しているし、憲司のトリビュート・ライヴで矢野は献身的にバンマスとして働いていた。
 もうね、このギターソロよ。


 聴いて。


 これぞ大村憲司! といった存在感だ。
 芯にブルースフィーリングを宿しながらの透明感。縦横無尽に空を駆ける躍動。
 にもかかわらず、寡黙なのよね。
 喋り過ぎず、黙り過ぎず。
 ここ、重要。
 漢はべちゃべちゃと無駄なおしゃべりなんかはしないのだ。
 そこに求められた最小限の音数で、最大限の表現を成す。
 どすんとそこに存在する。
 ふだんは黙っているけれど、ここぞというの時にぼそりと刺さる言葉をくれるお父さんだ。


ほうきで掃き出す 家中のかなしみを
 たんすの中から取り出した よろこびを


海を渡る風にふくらむ かけぶとん
 見知らぬ国へひらかれた ふすまたち


 矢野の詞も冴えている。
 『そこのアイロンに告ぐ*3』にも通ずるのだけれど、日常のありふれたルーティンが、たとえばここでは掃除や布団干しといった家事が、世界へ通じる扉なのだということを教えてくれる。
 とどのつまりが応援歌だと思ふ。


 この壮大な遠近法が聴き手の背中を、押す。
 

 周知のごとく矢野自身は仏教徒ではない。
 けれどここに仏教的世界観を感じられはしまいか。
 禅僧が便所掃除や典座(てんぞ)とよばれる炊事や雑事を、重要な修行の一環としておろそかにしないように。
 いや、その遠近法こそが宗教の垣根を超えるのか。
 世界の秘訣なのか。



2. 釣りに行こう(WHY DON'T WE GO FISHING)

 作詞・作曲 : 宮沢和史

 drums : Ivan Hampden
 guitar : Kenji Omura
 piano & keyboards : Akiko
 bass trombone : Dave Taylor

 strings arrangement : Michael Gibbs


《memo》
 THE BOOMの宮沢和史と組むことが増えたのはこのアルバムがきっかけだったろうか。
 オリジナルはTHE BOOMの『サイレンのおひさま』に収録。
 宮沢とはその後1994年にネスレ「ブライト」のCMで共演をし「二人のハーモニー」でデュエットを披露している。
 この曲がまたヒットしたんだわ。
 

 それはともかく、
 この曲も歌詞が素晴らしい。


十何年前はまだ 君より小さくて
 君のアゴのほくろをいつも見上げてたんです
』 
 

 この「君」はいったい誰だ。
 年上の幼なじみなのだろうか。
 あこがれのお兄さん的な存在なのだろうか。 
 はたまた近所の名物おじさんなのだろうか。
 子どものときのようにまた釣りに行こうと大人になった「僕」が誘ふ。
 雨が止んだら、迎えに行くねと。


 ちなみに、
 このアルバムは『魚釣り』もしくは『魚獲り』に関する曲が三つもあるのだな。
 この『釣りに行こう』と『ANGLER'S SUMMER』(釣り人の夏)、そして『湖のふもとでねこと暮らしている』。
 どれも穏やかな、そしてのんびりとしたイメージを抱かせるもので。
 これがアルバム全体の、ともすれば切実に陥りかねない空気に、おおらかさを寄与させている。


 ドラムスはアイヴァン・ハンプデン。
 あまり存じ上げないが作曲もプロデュースもするドラマーだとのこと。
 共演歴にルーサー・ヴァンドロス、ロバータ・フラック、チャカ・カーン、スティーヴィー・ワンダーなど。
 

 ギターは前曲にひきつづき大村憲司。
 

 ところで、疑問がひつとある。
 この曲のベースについてだ。
 のっけから重要な役割を果たしていて、それはもうボーカルとのデュエットとまで云いたいほど歌うベースラインなのではあるが。
 そう、歌っているのよ。
 なのにクレジットがないのだな。
 ということは、シンセによってエレキ・ベースっぽくシミュレート(模倣)したのか。
 だとするならば、特別に表記してやってもよいのではなかろうか。
 synthesizer bass : 誰々と。
 それくらい、おいしい役どころだと思ふ。


 クレジットを見る限りでは、矢野自身の手によるプレイということになりそうだけれど。
 それはどうかと思ふ。
 何かに似せてシンセを弾くだなんて、あたしゃおっさんなので決めつけるが、矢野顕子らしくもない。
 これが矢野さんのプレイだとすればシンセベーシストとしてもっと脚光をあびてもいい。
 かといって、プログラミングだとしたら特別に表記されてもおかしくないくらいの名演だと思ふ。


 ううむ…ウィル・リーじゃないのかねえ。
 ウィル・リーだとすっきりするんだけどねえ。

 

 さらにはこれも謎。 
 クレジットの
『bass trombone : Dave Taylor』
 バス・トロンボーン。恥ずかしながら、あたしの耳では見つけることができなかった。
 生のホーン隊は1曲目でギル・ゴールドステインによる編曲として使われていたし。
 そしてこの曲ではストリングス・アレンジメントとしてマイケル・ギブスという名が記されてはいる。
 バス・トロンボーンは当然ストリングス(弦)ではないのだから、オーケストレーションの一部として演奏されているわけではないのだろう。
 調べるとこのデイヴ・テイラーさんは、バス・トロンボーン奏者としてこれまでも錚々たるミュージシャンたちと共演をされている模様。
 


3. THE LETTER

作詞・作曲 : WAYNE CARSON THOMPSON

 drums : Ivan Hampden
 bass : Will Lee
 piano & keyboards : Akiko


《memo》
 こちらが『The Box Tops』による原曲。
youtu.be
 
 グループ・サウンズのような原曲を、レゲエぽくアレンジしている。
 パーカッションはJeff Bovaによるプログラミングだろう。
 矢野はこのあと彼と『THE HAMMONDS』(1997年)というユニットを結成。アルバムも発表している。 


 カバーだからなのか、それとも英詞だからなのかspotifyではこの曲と後述の『SAYONARA』の再生数が極端に少ない。
 たしかにこのアルバムのなかでは地味な印象がある。



4. ANGLER'S SUMMER

 作詞・作曲 : 矢野顕子

 percussion : Nana Vasconcelos
 steel guitar : Hiroki Komazawa
 piano & keyboards : Akiko


《memo》
 はい。ここでまた魚釣りの曲です。
 ここで釣れるのは『あなたの切れ端』であり『わたしのわがまま』。
 そして『あなたの横顔』でもあって『わたしの哀しみ』なのです。
 釣りというのは、釣りたくないものが釣れてしまうものなのです。
 けれどほんとに釣りたいのは『宝石のような魚』『歓び叫ぶ魚』。
 

 先述の『釣りに行こう』では、大人になった僕が幼なじみを釣りに誘う物語でした。
 おそらくは、幼少のときの『僕』は誘われる側だったにちがいない。
 なんせ彼のアゴのほくろをいつも見上げていたほど、幼かったのだ。
 それが大人になったいまやっと誘う側となる。迎えに行く。というそこに成長があるわけで。


 しかしこの曲では、
昨日の夢がまだ終わらないので』と釣りに行くのですな。
 ひとりで。
 終わらない夢とはあなたのことであり、そこにこだわってしまった自分のわがままでもあるわけ。
 あなたは『切れ端』しかくれず『横顔』しか見せてくれない。つまりそっぽを向かれて、私はそれを哀しむと。
 そんな終わらない夢なら振り払おうと、釣りにきた。


ひとりきりでも ひとりだけでも
 釣りに来れるようになった


 そう、自立だ。
 未練からも寂しさからも解き放たれて、ひとり。
 誰に頼る必要もない。
 追うこともない。
 誰にこだわることもない。
 その境地は『こんないい時が来るなんて』『こんないいところに居るなんて


 パーカッションのナナ・ヴァスコンセロスはブラジルの打楽器奏者。
 この頃交流を深めていたパット・メセニーからの紹介ではなかろうか。
 パット関連のアルバムでは他に『ウィチタ・フォールズ(1981年)』、パット・メセニー・グループとして『オフランプ(1982年)』『トラベルズ(1983年)』に参加している。
 そしてこの翌年(1992年)のパット・メセニーのソロアルバム『シークレット・ストーリー』にも参加しており、同アルバムには矢野もゲスト参加しているのだ。


 スティール・ギターは駒沢裕城(こまざわひろき)。
 矢野の過去作では『JAPANESE GIRL』の「丘を越えて」と『GRANOLA』の「自転車でおいで」にも参加している。
 1972年に小坂忠、林立夫、松任谷正隆、後藤次利らと『小坂忠とFour Joe Half』を結成。その後『はちみつぱい』に加入。
 他にも、
 荒井由実の『ひこうき雲』
 ムーンライダースの『火の玉ボーイ』
 はっぴいえんど『風街ろまん』
 細野晴臣『HOSONO HOUSE』等々。
 日本を代表するペダル・スティール・ギタリストと云えるだろう。
 

5. スナオになりたい。(I WANT TO BE SUNAO)

 作詞 : 糸井重里
 作曲 : 矢野顕子

 bass : Will Lee
 steel guitar : Hiroki Komazawa
 percussion : Nana Vasconcelos
 piano & keybords : Akiko
 french horn : John Clark , Fred Griffin
 bass clarinet : Roger Rosenberg

 strings arrangement : Michael Gibbs


《memo》
 作詞はご存知、糸井重里。
 矢野とはそれはもうおびただしいまでの名作を量産している。
 それはもはやコンビ芸といってよいほどで。
 このクレジットがあれば自然とファンは期待値を高めるというもの。
 さて、今回はどんなことをしてくれているんだろうかと。


 とはいえだ、
 タイトルが示す通りここでは『スナオ』がテーマとなる。
 言葉のプロとしての下心が働いてうっかり奇をてらってしまったならば、その瞬間にウソになってしまう。
 『もののけ姫』のキャッチコピーを宮崎駿にさんざん没にされた挙句に、たったひと言『生きろ。』に到達したエピソードは有名だろう。
 素人は盛りたがるが、プロは削いで削いで原石を浮き彫りにする。


 ここでも極めてシンプルで、あやういまでに直球で、けれどどこまでもやさしい。
 そんな言葉がひと肌をもって琴線に触れてくる。


 スナオになりたい。


 それつまりスナオになれていない自分を自覚してこその気持ちである。


 前曲にひきつづいて駒沢裕城のスティールギターが美しい。
 ストリングスとの調和も完璧で、天空にかかるあかね雲のように響き渡っている。
 ベースはウィル・リー。
 ドラムレスで、パーカッションのナナがリズムを牽引している。
 

 合間に繰り返される印象的なバス・クラリネットはロジャー・ローゼンバーグ。
 一曲目の『BAKABON』ではバリトン・サックスを担当していた。
 このバスクラとピアノの低音によって繰り返されるユニゾンのリフが、曲のアクセントになっている。
 低音のバスクラと高音のスティールギター。
 そのコントラストを堪能あれ。
 スナオになれないうつむいた心と、スナオになろうと前を向こうとする心だ。


6. 湖のふもとでねこと暮らしている

 (DOWN BY THE LAKE , LIVING WITH MY CAT)
 作詞 : 矢野顕子・宮沢和史
 作曲 : 矢野顕子

 drums : Steve Ferrone
 acoustic guitar : Yoshiyuki Sahashi
 piano & keyboards : Akiko
 background vocals : Suzuki Shoko , Yasuhiro Mitani

 synthesizer operating : Hiroaki Sugawara


《memo》
 湖の場合は『ふもと』ではなく『ほとり』だろうというツッコミを、あなたしましたね、いま。


 この曲はRCサクセションの『山のふもとで犬と暮らしている』へのアンサーソングだと知ったのは、つい最近のこと。
 もちろん忌野清志郎の作である。
 なので、それにかけて敢えて『ふもと』にしたのだろうと、無理やり解釈していたのだけれど、やはりどう考えても苦しい。
 同じ字数なのだから曲としても『ほとり』で行けるとは思ふのだが。
 しかも、作詞は宮沢和史との共作だ。
 ふたりともどもにそこを間違うなんてことはないだろうし。
 言葉のプロなのだし。
 さらにレーコーディングから歌詞掲載までに沢山のスタッフがかかわってもいるわけで。
 誰ひとりそこに突っ込まないなんてこと、あり得る?
 やはり故意に『ふもと』とする理由があったのだろう、としておく。


 『山のふもとで犬と暮らしている』彼は、ひとりぼっちだ。
 寒い部屋でいちにち本を読んで過ごしている。しっぽのたれた犬と一緒に。
 

 矢野と清志郎の付き合いも古い。
 矢野は清志郎のファンだと公言してもいるし、彼の曲をいくつもカバーもしており、後年にはカバーアルバムも発表しているくらい。
 矢野の代表曲『ひとつだけ』をライヴでデュエットした際に「あなたの心の白い扉」という歌詞を「黒い扉」と清志郎が変えて唄ったのは、ちょっとした事件だった。
 がらりと、そのひと言で世界観をかえた。
 ふたりによほどの信頼関係が無い限り、普通はそんなことさせないだろうし、しないだろう。


 清志郎は、キング・オブ・ロックという異名をもつ。
 RC中期以降のド派手なステージングからついたイメージなのだと思ふ。
 けれど初期のRCはフォーク色が濃厚だった。
 貧しさと、先行きへの憂うつと、いら立ちと、悲しみ、そして孤独。
 そういった若さゆえの青さが、かつてのフォークを成立させていた。
 界隈はそのしみったれた世界観を皮肉を込めて『四畳半フォーク』だなんて呼んでもいたけれど。
 清志郎もまた、そんな時代の空気のなかにいたひとりでもあり。
 若者の当事者であるがゆえに抗いも共鳴もしていたはずであり。
 そのせいかロックスターのナリをしながらも、のちのちまで支持を得た代表曲の多くがそんな等身大の若者を代弁したものばかりとなる。
 

 『スロー・バラード』
 『雨上がりの夜空に』
 『いいことばかりはありゃしない』
 『ラプソディ』
 『ヒッピーに捧ぐ』…etc
 

 歌詞をみればそこにまざまざと孤独と貧しさ、あるいは若さゆえの不器用と悲しみが刻まれている。
 そこにド派手なメイクの下の素顔がある。


youtu.be


  
 山のふもとを遠くにながめ、そこで犬と暮らすあなたに思いをはせる。
 曲は明るく軽快で『山のふもと』の世界とは対照的だ。
 ふたりは付き合いが古いと書いたけれど、この山のふもととそれを遠くに眺める湖のほとりの距離感が、ふたりの関係なのだろうと想像した。
 

いつか犬と二人で 帰らぬ旅に出ても
 わたしきっと あなたを きっと好きでいるから


 清志郎がこの世を去るのはこの18年後。
 

7. SAYONARA ~ CHEROKEE

 作詞・作曲 : HASAGAWA / YOSHIDA / FREDY MORGAN
 作詞・作曲 : RAY NOBLE

 drums : Steve Ferrone
 bass : Will Lee
 guitar : Yoshiyuki Sahashi
 piano & keyboards : Akiko

 synthesizer operating : Hiroaki Sugawara
 thanks to Jeff Bova for percussion arrangement


《memo》
 この曲は細野晴臣の『泰安洋行』に収録されているもので知った。
 たしか矢野も参加していたはず。
 後半にジャズ・スタンダードとして有名な『CHEROKEE』を引用するので、タイトルにそれが記されている(Spotifyでは省略)。
 

 先述したようにこの曲も再生回数が極端に低い。
 けれど個人的にはこのバージョンも好きだ。
 細野版のトロピカルなアプローチとはまた違って、フェローン&ウィル・リーの雄大なビートが心地良い。


8. いいこ いいこ(GOOD GIRL)

 作詞 : 糸井重里
 作曲 : 矢野顕子

 guitar : Pat “Good Boy” Metheny
 keyboards & background vocals : Akiko
 background vocals : Kazufumi Miyazawa

《memo》
 はい。またしても糸井&矢野組でなのであーる。
 てことは傑作なのであーる。


 矢野顕子のすばらしさを挙げはじめればキリがないが、
 その特徴のひとつに『女』の多層的な捉え方がある。
 それも幼女、少女、青年期、大人の女性、そして母といった段階でそれぞれをたくみに描き別ける。
 特筆すべきはこの『母』の視点だろう。
 いろんなアルバムで、この視点を曲に活かしてくれている。
 子を慈しむ母性や家事をいとも簡単にポップスへと昇華するその手腕は、もっと注目されていい。


 『お母さんも ほめられたい


 いいこ いいこ 
 ひとりの女の子としてほめられたいと。


 糸井、グッジョブ!
  

 これ、男のアーティストが父性を歌うとなると時代的にもいまは難しいのかなと思ふ。
 奥田民生の『息子』が思い出されますが。


 それはさておき、
 この曲からパット・メセニーが参加。
 まさに適材適所だろう。
 クレジットをあらためてみて欲しい。
 ミドルネームに『Good Boy』とつけて、曲のGood Girlと対にしているから。


9. 愛はたくさん(LOTS OF LOVE)

 作詞・作曲 : 矢野顕子

 drums : Steve Ferrone
 bass : Will Lee
 guitars & guitar synthesizer : Pat Metheny
 piano : Akiko


《memo》
 さて、本アルバムのクライマックスはこの曲だとあたしゃ断言してしまおう。
 どうせおっさんだもの。そこはひとつおっさんらしく決めつけてしまおうじゃないか。
 

 なんと切ない歌詞だろうか。
 

『いちばん おいしいもの あげる
 いちばん きれいなもの あげる

 やがて すべて 世界は夜の中
 あつめられた 光を消さないで
 わたしたちの家』


 そして悲しみは『あした』だとするのである。
 いちばん遠い『あした』。つまりそれは、未来にほかならない。


『やがて すべて 忘れられる日まで
 はなれてても 歌をうたいつづけているからね』


 パット・メセニーを意識したのは、この曲からだった。
 それまでギター・シンセサイザーというものに、何の魅力も感じていなかった。
 キーボードでできるじゃん。ヤン・ハマーなんかシンセをギターそっくりに弾いてみせるぞ。なのになんでわざわざギターでシンセを操るのか。
 しかしここでのパットのソロにぶちのめされてしまうわけよ。あたしなんかはさ。
 やられたね。
 この曲想あってこそ胸が受け付けたのかもしれないが。
 不覚にもまんまと刺しこまれた。


 その後、彼のアルバムをいろいろと聴き漁ったのだけれど、ここでのソロは彼のベストテイク5本指に入るかもしれない。 
 それくらいの名演だと思ふ。 
 奇蹟だとすら思ふ。
 この曲とのめぐり合わせもふくめて。
 こんなにすごいソロを弾かれたのでは、ライヴでどうすんのよ。
 ほかのメンバーで演るのによほどプレッシャーになるに違いない。


 パット自身、矢野とのコラボレーションには何かしら強く感じるものがあったらしく。
 このあとのアルバム『SUPER FORK SONG』では新曲(「PRAYER」)を提供している。
 

「君の歌を聴いていたらできた曲」


 と抜かしたらしいのよ。パットったら。
 でもってそれがまた名曲でしてな。
 

10. LOVE LIFE

 作詞・作曲 : 矢野顕子

 acoustic guitar : Pat Metheny
 clarinet : Kaede Akiyama
 piano : Akiko


《memo》
 アルバムのラストは無償の愛で締めくくられる。
 

もうなにも欲しがりませんから
 そこに居てね
 ほほえみ くれなくてもいい でも
 生きていてね ともに


 三人編成。
 後半のパットのギターソロが素晴らしい。
 矢野のピアノだけを従えての演奏なのに、ピンと張りつめた芳醇なひとときをくれる。
 けれど前半の間奏をつとめるクラリネットこそこの曲のミソだ。
 秋山かえで。
 前作『Welcome Back』の「How Beautiful」でも印象的な演奏を残している。
 



NOTES

 PRODUCED AND ARRANGED BY AKIKO YANO


 RECORDED BY STEVE BOYER AND ROY HENDRICKSON AT POWER STATION , NEW YORK
 RECORDED BY HIDEAKI OKUHARA AT VICTOR AOYAMA STUDIO AND FOLIO SOUND , TOKYO


 MIXED BY LARRY ALEXANDER AT POWER STATION , AUG. 1991
 ASSISTANT ENGINEERS : TODD WHITELOCK , CHRIS ALBERT , DAN GELLERT ( POWER STATION )
  SHIN・ICHI ISHIZUKA ( VICTOR AOYAMA STUDIO )
  KATSUMI MURO ( FOLIO STUDIO )


 MASTERED BY TONY DAWSEY AT MASTER DISK , NEW YORK


 DRUM TECHNICIAN : ARTIE SMITH
 SYNTHESIZER DRUM AND PERCUSSION : JEFF BOVA


 PRODUCTION CORDINATION : DAVID BURRELL AND ROBIN TOMCHIN (TROPIX INTERNATIONAL)
 PRODUCTION MANAGEMENT : DONBEY NAGATA
 PRODUCTION SUPERVISOR : DAVID RUBINSON


 ART DIRECTION : HAJIME TACHIBANA FOR HAJIME TACHIBANA DESIGN
 DESIGN : TETSURO YAMAMOTO FOR HAJIME TACHIBANA DESIGN
 PHOTOGRAPHS : KAZUMI KURIGAMI
 COSTUME : MICHIKO KITAMURA AND KEIKO TANAKA
 HAIR & MAKE UP : CHIAKI SHIMADA


 A & R : TAKESHI NAMURA


 ARTIST PROMOTION : KAZUTAKA FUJII , TAKANORI MINAGAWA , YOSHIHIRO NISHIZAWA , YOKO SHIBATA , AND MINA MITSUI
 SALES PROMOTION : KAZUYUKI KOGA
 EXECUTIVE PRODUCER : SHIGEO MARUYAMA , RYUZO SHIRAKAWA , IKURO MEGRO


 ARTIST MANAGEMENT : NEW FRIENDS, INC.
 REPRESENTATION : DONBEY NAGATA FOR STOMACH, INC.


 THANKS TO ALL MUSICIANS I HAD HERE, ESPECIALY TO PAT METHENY AND NANA VASCONCELOS, ROBIN AND DAVID, BARRY BON JOVI, BARI KAYE, EVERYONE BY POWER STATION, OKUHARA, TODD, CHRIS, LARRY ALEXANDER, BARBARA WOODS, JOHN GULA, SUSAN ADLER, MASUMI, DONBAY, HOOTA, KAZUFUMI MIYAZAWA.


 JEFF BOVA, STEVE BOYER AND ROY HENDRICKSON, WITHOUT YOUR HELP I WOULDN'T HAVE BEEN ABLE TO MAKE THIS ALBUM SUCCESSFUL, THANKS A LOT.


 MY LOVE TO RYUICHI, MIU, HOOTA AND MOST OF ALL TO THE SOURCE OF ALL GOOD THINGS JEHOVAH GOD.


 

雑 想

 というわけで、
 約一年ぶりにこちらのサブブログを動かしてやった次第で。
 長期休載のわけはというと、
 ひとつはこのLOVE LIFEを矢野顕子の最高傑作と見做してこそで。 
 要は構えてしまったということ。
 そしてもうひとつは、
 Youtubeの公式チャンネルで音源が解禁されていないということ。
 前後作は解禁されているのにね。
 なのでやむなく今回はSpotifyをリンクした。
 そしてなにより、モチベーションが保てなかったのであーる。あたくしの。
 無駄骨というやつね。 
 それは手前の力量不足なので仕方がない。
 どよよ~んと徒労感に苛まれておりました。


 さて、振りかえればこのアルバムあたりから矢野顕子とは少しずつ距離を置き始めるあたくしなのである。
 たとえば、


 痛くない。痛くないんだ。ちーっとも痛くない。大丈夫っ。


 と強調するほどにかえって痛みへの執着が証左されてしまうように、これ以降の歌詞のなかにはある種の囚われが目立ち始める。
 そこに痛々しさを感じてしまったがゆえ。
 そして、もうひとつ。
 矢野顕子はつねに創作的パートナーを求めてきた。
 前作までのそれは坂本龍一であった。それ以前は矢野誠でもあったのだろう。
 そしてこのアルバムを境に彼女は新たな相方探しの旅に出ることになる。
 それがパットメセニーでもあり、
 短命ユニットに終わったジェフ・ボーバであり、
 ギル・ゴールドステインであり、
 最近なら上原ひろみになるのだろうか。
 しかし、どれもこれといった決定打にまで至らなかったように思ふ。
 なので常に彷徨い続けているような印象がある。


 そういえば奥田民生の『さすらい』をカバーしてましたな。

 
 そもそも矢野顕子という生き物は、ピアノ一台で自己完結してしまえる怪物なのだ。
 猛者なのだ。
 天才で、唯一無二。
 孤高の人。
 本来相方などいなくとも成立できるというのに、相方を求めずにはおられないという、そこ。
 そこがもどかしい。
 まあ、相性も含めて互角にわたりあえるようなのは、そうそう見つからないわけで。



LOVE LIFE - 矢野顕子

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*1:YMOの再生 - レコード会社にまつわる大人の事情でYMOとは表記できずYMOの文字に✕を重ねた表記となった。また『再結成』とはせず『再生』とした。ちなみに解散を『散開』としている。

*2:矢野に指摘されて屋外で煙草を吸った - 細野さんが煙草を吸いたがっていると矢野にお伺いをたてた坂本が叱られた様子を、細野が矢野との対談で明かしていたと思ふ。

*3:『そこのアイロンに告ぐ』 - アルバム『峠のわが家』収録。