
1992年6月1日発売(平成4年)
スタジオアルバムとして13作目
写真はそのCD版(ESCB-1294)Epic/Sony
演奏はすべて自身によるピアノ弾き語り
録音はすべて一発撮りで、編集や修正などはされていない
本作のレコーディングの様子は、並行して撮影されたドキュメンタリー映画『ピアノが愛した女』に収録されている
ちなみにこの年の主な出来事は、
- 佐川献金疑惑。金丸信、辞職
- 米国大統領はビル・クリントン
- バルセロナ五輪開催。水泳で岩崎恭子が14歳にして金メダル獲得「今まで生きていた中で一番幸せです」(開会式の音楽監督を坂本龍一が担当し、当日会場でオーケストラを指揮した)
- 尾崎豊、死去
- 高校野球の甲子園で松井秀喜が五打席連続敬遠
- ジブリ『紅の豚』ヒット

目 次
収 録 曲
1.SUPER FORK SONG
作詞 : 糸井重里
作曲 : 矢野顕子
『糸井重里のファーストアルバム(セカンドはいつでるのか?)のために書きました。
この曲には谷岡ヤスジ氏描くところの村(ソン)の風景が不可欠です。
1979年に始まったイトイ=ヤノのゴールデンコンビはこういう曲も作れます。
(オリジナル・レコード : “ペンギニズム” / 糸井重里)』
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《memo》
I READ THE NEWS TODAY, OH BOY ♪
という幕開けはBeatlesの『A DAY IN THE LIFE』からの引用。
ある日の新聞の小さな記事を読み上げるような、というジョン・レノンのアイデアから生まれた名曲である。
世界の片隅、今日というありふれた一日のひとコマ。
糸井版ロミオとジュリエット谷岡ヤスジ風といった塩梅だろーか。
谷岡ヤスジとは赤塚不二夫とならぶギャグ漫画の巨匠だそうだけれど、あたしゃ詳しくない。
なのでこの曲を聴くとき、いつもDr.スランプのペンギン村のような世界観が頭に浮かんでしまふのだ。
とはいえ、
言葉遊びにあふれて牧歌的・漫画的ではあるけれど、中身は駆け落ちのお話なのである。
しかもロミオとジュリエットになぞらえているところから、悲劇を匂わせているわけで。
それがラストの
「イマジネーションふくらまし、
ハッピーエンドにしておくれ
ハッピーエンドにしてください」
という切実さにのしかかってくる。
「おくれ」が「ください」という祈りになる。PRAYER。
そして結末まで明かすといった野暮天を避けて、あとはご想像にお任せしますといった塩梅に物語の力に希望を託すのだ。
リアリズムなんか、くそくらえと。
せめて、せめて記憶の中だけでも成就させてやってくれまいかと。
それでこそ音楽じゃないか、物書きじゃないか、表現者じゃないかという作り手の痩せ我慢が、泣けてくるではないの。
ちなみに歌詞に登場する『ラッタッタ』とは、昭和に大ヒットした50cc原付バイクの商品名。
当時はそれがミニバイクの代名詞になるほど大ヒットしたのであーる。
ところで、
歌詞は「恋に遠慮はいらないけれど、遠慮は恋が嫌いです」から始まる。
けれど恋なんてものは、遠慮あってこそなのだとあたしゃ思っている。
遠慮だの、恥じらいだの躊躇い、といった成就への迂回がかろうじて恋と肉欲、恋と愛憎、恋人と愛人などを峻別しているわけでしてね。
2. 大寒町
作詞・作曲 : 鈴木博文
『ふーちゃんこと鈴木博文さんはムーンライダーズというバンドに勤務してはや10数年。
ロマンティストでしっかり者でお兄ちゃん思いの彼の、なんと18才の時の作品。
歌う度に私の中には雪が舞い降りはじめた大寒町がうかびあがる。
(オリジナル・レコード : “ああ無情” / あがた森魚)』
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《memo》
ほんと美しい。
言葉がシンプルで、そして映像的で。
ピアノの低音リフから始まるアレンジが、これまた印象的で。
この稿を書くにあたって初めてオリジナルを聴いた。
この印象的なピアノの低音リフは、このオリジナル・アレンジからサルベージしているのであった。
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3. SOMEDAY
作詞・作曲 : 佐野元春
『どうしてあんなにたくさんの歌詞を覚えられるの? どうして舌をかまずに歌えるの? とからむ私に対して、おどろく程愛らしい笑顔(失礼)で佐野さんは答えてくれるのです。
きっと歌っているうちにSOMEDAYは来るのでしょうね。』
(オリジナル・レコード : “SOMEDAY” / 佐野元春)
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《memo》
おそらく矢野顕子がカバーしなければそのアーティストの曲に触れることはなかったということは、ファンにはよくあることで。
佐野元春もその一人ではなかろうか。
まさか矢野顕子が彼の曲を取り上げるだなんて、想像だにしなかった。
それくらい、二人の表現する世界、大袈裟に云えば住む世界までが違っているように感じていた。
けれどふりかえれば、本作の5年も前の(1987年)アルバム『GRANOLA』において矢野と佐野は共演・共作を果しているのだな。
「Un jOUR」では作詞・佐野元春、作曲・矢野顕子として。
そして「自転車でおいて」では、デュエットをという形で。
ここでは佐野ファンでなくても耳にしたことがあるくらいの代表曲をとりあげている。
いわば佐野元春の看板曲といていい。
裏返せば、これを耳にしても手を出さなかったならば、この先もかかわることはないでしょうといったくらいの。
矢野顕子の凄味は、他人の曲と自前の曲の落差がないということ。
オリジナルと並べて遜色ない完成度にしてしまう。
カバーというものは、ある意味他人の服のおさがりだろうに。
それを矢野はお仕着せのままにはしないのだな。
自分のサイズに仕立て直し、着こなしつつ、手製のアップリケまでつけてみせる。
それでいていわゆる原曲レイプにはしない。ならない。
不思議なんだ。そこが。
そのまま唄っちまえば寸法の合わないおさがりのようになるものだし。
けれどそこで個性を出そうと欲をかけば衒いに走るか、他の曲とのバランスを欠いたものになる。
それなのに矢野は原作者ですら見逃していた原石のようなものを掘り出し、それを慈しむのであーる。
ああこんな素敵な歌だったのか、とSOMEDAYにも驚かされた。
それまでは、聴いたつもりになっていただけだったのだ。
『「手おくれ」と言われても
口笛で答えていたあの頃
誰にも従わず
傷の手当てもせずただ
ときの流れに身を委ねて』
自分の言葉にして歌う、
というのは決して歌詞を変えるということじゃないのだ。
これは俳優にとっての台詞も同じ。
4. 横顔
作詞・作曲 : 大貫妙子
『世界有数のソングライターである大貫妙子は私の大切な友達でもあります。
もっと歌いたい曲もあるのですが、早くうまく歌えるようになりたいと思います。
そしてたら又、聴いてくださいね。』
(オリジナル・レコード : “MIGNONNE” / 大貫妙子)
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《memo》
大貫妙子がレスター・ヤングならば、矢野顕子はコールマン・ホーキンスといったところかもしれない。
などと、思い切ったことをぬかしてみた。
勢いで書いてしまったけれど、そう形容したくなるくらいに二人の歌唱法は対照的だ。
前者が装飾やビブラートをそぎ落としてまっすぐに磨き上げた日本刀ならば、矢野は表情豊かに歌いあげるソウルフルな歌い手であり、柔へ剛へと変化する鞭のような。鼻歌まじりに演舞するカンフーマスターのような。ピッチも故意に外したり緩めたりする。
だから矢野による大貫妙子ナンバーは、オリジナルで描かれた詩想、曲想が、また別の貌をしてそこに立ち現れるのね。
聴き比べると、見えてくる人物像もちがってくるではないか。
大貫妙子を「侍のような人」と喩えたのは坂本龍一だったろうか。
たしかに、そう思わせるくらい風情にも声にも凛とした厳しさをたたえているのだけれど、そのうえでこういった乙女チックな曲想を紡ぎ出すのだから単なる「ぶった」ものにはならない。
しなをつくるようなことにはならない。
いい喩えだと思ふ。
5. 夏が終る
作詞 : 谷川俊太郎
作曲 : 小室等
『1976年にレコードデビューする以前はスタジオミュージシャンという、いわゆるバンドマン稼業をしていたのですが、ある日三浦光紀という男に小室等さんのレコーディングでピアノを弾くようにと言われ、そこで弾いたのがこの曲でした。
歌にとって必要でない音は出さなーいという偏屈なこのピアニストを気に入ってくれて、三浦光紀は特上の寿司を毎日とってあげるから、というとんでもない約束ひとつで、矢野に「ジャパニーズ・ガール」というアルバムを作らせることが出来ました。
谷川俊太郎さん、小室等さん、そして三浦光紀さん、どうもありがとう。』
(オリジナル・レコード : “いま生きているということ” / 小室等)
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《memo》
小室等なんて、まーったくマークしていなかった。
こんな素敵な曲を書くのだな。
谷川俊太郎の詩とあいまって、はっとさせられる。
虫の名前、
草木の名前、
星と星座の名前、
それら世界に対峙するのは、自分たったひとりだ。
夜空のひろがりと、深い孤独を思ふ。
お気づきだろうか。
ここにひとつだけ肉眼では見えない星の名前が置かれてあることを。
海王星。
太陽系、最果ての惑星だ。
褪せたような薄い青空は、裏切りのよろい戸によって夜となる。
あてもなくひとりたどる山道。
冴えわたる夜空。
その星は概念の暗がりにそっと輝いている。
閉ざされた心象世界にも、星が輝く。
6. HOW CAN I BE SURE
作詞・作曲 : Felix Cavaliere・Eddie Brigati
『小学生の女の子が、一生懸命この曲の意味を知ろうとしていたのにはずい分無理があったと今30代の私は思いますが、当時は必死でした。
THE YOUNG RASCALSというかっこいいバンドは、いくつかのヒット曲を放ち、R&Bがとてもスウィートなものだった時代の日本に住んでいた矢野や山下達郎をとりこにしていったのでした。』
(オリジナル・レコード : “GROOVIN” / THE YOUNG RASCALS)
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《memo》
7. MORE AND MORE AMOR
作詞・作曲 : Sol Lake
『12才でジャズに目覚めた私が中学、高校とよく聴いていたのがWES MONTGOMERYというギタリストのレコードでした。
つまるところ、このメロディを私は20年以上も口ずさんできたことになる。
でもあきないなあ。
歌詞をつける必要を感じなかったのですが、音楽のよろこびは実はそこにあるのよ。
言葉は邪魔くさい。』
(オリジナル・レコード : “CALIFORNIA DREAMING” / WES MONTGOMERY)
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《memo》
矢野顕子はウェス・モンゴメリーにハマる女子高生なのであった。
「音楽のよろこびは実はそこにあるのよ。
言葉は邪魔くさい。」
というこの言葉に集約されてしまふのだな。音楽は。
そこんとこを抑えているから矢野はライブで歌詞を間違えようが失念しようが、へっちゃらなのだ。
『ショーシャンの空に』という監獄ものの映画にこんなシーンがある。
囚人である主人公が刑務所内に勝手にオペラのレコードを流す。
音楽はおろか娯楽にも飢えていた他の囚人たちは、つかの間その音に心を奪われる。
歌詞は外国語。何を云っているのかはわからない。
けれどその美しさに心を揺さぶられるのだ。
音楽は言葉の壁を越える。
主人公は懲罰をくらって数日間を独房で過ごすのだが、ケロッとした顔でみんなの下に戻ってくる。
曰く、
「心のなかの音楽は決して奪うことはできない」
独房に閉じ込められようが、虐待されようが、心の中にある音楽は自分のものなのだ。
それが自由なのであーる。
こちらがウェスの演奏。1966年。
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ボサノバ風ジャズが流行っていた時代なのだと思ふ。
8. スプリンクラー
作詞・作曲 : 山下達郎
『私が好きな山下達郎の曲にはどこか気弱なところがあります。
基本的に、他の人に対して尊大にふるまいがちな私にとって、このようなDELICATEな気持ちを含む曲を書くのはむずかしい。
山下君、どんどん気弱な歌をつくって下さい。また歌うからね。』
(オリジナル・レコード : “スプリンクラー” / 山下達郎)
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《memo》
いまだにサブスクが解禁されないヤマタツですな。
これも名曲です。
ちなみにYouTubeでこの曲を検索すると、素人たちによるカバーが次から次へと表示される事態となっております。
それはともかく、
矢野顕子は山下達郎の曲の気弱なところをお気に召しているといふ。
そうだろうとも、そうだろうとも。
というか、男だから歌えるのではないかな。弱みを。
マッチョな歌をうたってさまになる男なんてのは、どれほどいるのだろう。
マッチョ路線でいけばヒーローもののアニメの主題歌とか、
行き着くところ軍歌みたいになってしまうのではないかと。
いや、
べつに軍歌に詳しくはないのだけれどね。
このスプリンクラーの世界も、
男女逆にしてみれば、
あなたの前にひざまずいて「許してほしい」と私が云えば…
あなた無しには 生きられない 哀しい言葉ね
もうしみったれすぎでしょ?
ハンカチ噛んで、よよと泣き崩れる演歌の花道かましてしまうでございましょ?
情けないのが男の方だからこそ良いのです。
9. おおパリ
作詞 : イッセー尾形
作曲 : 矢野顕子
『イッセー尾形さんの劇場でのパフォーマンスの幕間用に書いた曲です。
他にも何曲か作りましたが、この曲だけどうしても笑いをこらえることができず、そのうちどんどん熱が上がってきてパリの街をのたうちまわってしまうので、皆様にぜひおきかせしたいと思った次第です。』
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《memo》
花の都と謳われたパリへの憧れと、
おのぼりさんとしての背伸びと、
円の強さ、
このコントラストが絶妙。
愛すべきあの頃のニッポンジンが目に浮かぶ。
時代をうかがわせます。
味わいどころはそこでしょう。
ひとり芝居のタイトルを『都市生活カタログ』と銘打っていただけあって、イッセー尾形という人は時代を切りとる名匠だ。
街のそこらへんに居そうな、けれどちょっとだけ変な人を描かせたら彼の右に出る者はいない。
芸風はお笑い芸人とも云い切れず、喜劇人といってもしっくりせず。
たしかに笑いを扱う表現者ではあるけれど、その笑いもギャグや爆笑といったこってり系ではないと。
10. それだけでうれしい
作詞 : 矢野顕子
作曲 : 宮沢和史
『NYで書かれた詞と東京で書かれたメロディが沖縄で出会った曲。
'91のことでした。
歌うたびに意義深くなる歌はそんなに多くないのですが、この曲はきっと、もっともっと良くなることでしょう。
うれしい。』
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《memo》
この曲は伴奏としても高度な技術が求められるらしく。
ましてや唄いながらの一発録りだものね。
同時に勧められたドキュメンタリーのなかでも、イントロ~歌の出だしを執拗に録りなおしている様子が記録されていて感動した。
その執念に。
前作『LOVE LIFE』から始まった矢野&宮沢タッグの新曲だ。
まず、この完成度の高さよ。
明快で、覚えやすくて、冗長さの欠片もない。
ポップ!
『いつだって 歌っているよ
悲しみを 通り越すまで』
11. 塀の上で
作詞・作曲 : 鈴木慶一
『この曲を歌い継いでいるのは、もはや、世界に矢野ひとりとなってしまったかもしれない。
羽田が国際空港として華やかなりし頃、その飛行コースの真下に住む鈴木慶一はどんな思いでこの曲をつくったことであろう。
名曲がもつ力は時間さえも優に飛び越える。』
(オリジナル・レコード : “センチメンタル通り” / はちみつぱい)
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《memo》
ここでも弱気な男が登場するのです。
それは若さが故なのです。
若さとは煩悶するものなのです。
『ヒールが七糎のブーツをはいて
ぼくを踏み潰して出ていった
朝よ』
これを男女逆転させては、人でなし過ぎるからかっこがつかないのです。
そういえば、最近の歌を知らない身で云うのもなんですが。
情景描写で心情を表現するのは、流行らないのでしょうか。
喜怒哀楽を、喜怒哀楽のまま言葉にされたものばかりが、偶然あたしの耳に届くのでしょうか。
ここに選ばれた歌たちの言葉は、景色が、心象風景として心に刻まれるのです。
12. 中央線
作詞・作曲 : 宮沢和史
『中央線沿線に生まれ、
長い時間をそこで過ごし、
そしてまた遠くの地へ移っていった私のようなものにとって、宮沢和史さんがこの曲を書いてくれたことは大きなプレゼントでした。
ですからこれはお返し。
しかし、「中央線」は世界中どこでも走っている。
私はきっとネブラスカに行ってもこの歌をうたっていることでしょう。』
(オリジナル・レコード : “JAPANESKA” / THE BOOM)
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《memo》
ああ、きれいな歌だ。
THE BOOMファンにはお馴染みの曲なのだろう。
けれどあたしにとっては、このカバーあってこそ出会えた曲なのだな。
いまやどこの駅前も開発されてしまって、
街並みもビルのデザインも整理されて、
どこかよそよそしくなってしまったけれど、
昭和の風情ののこる沿線の雰囲気が、蘇るわけですよ。まざまざと。
けれど、昭和の風情というのは決して昭和世代だけのものではなくってね。
たとえばそう、松本隆が紡ぎ出した『風街』のような。
13. PRAYER
作詞 : 矢野顕子
作曲 : Pat Metheny
『ある日PAT METHENY と電話で話していた時、
「ねえ、ぜひきいてほしい曲があるんだ。だって君の歌をきいていたらできた曲だもん。」
というので私にくれたのがこの曲。
スタジオのスピーカーからとうとうと流れてきたこのメロディをきくと同時に、私の身体中の骨が溶けだしたかのように思えました。
あぁ幸わせ。』
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《memo》
天才が天才にインスパイアされてまたひとつ名曲が生れてしまふ。
PAT自身もお気に入りらしく『INORI(祈り)』というタイトルでたびたびライヴでも演奏している。
おもしろいのは、いい曲に歌詞はいらないと豪語する矢野の歌詞がここでは取り除かれているところ。
当然PATはギタリストなのでそうなるのだけれど、元が歌付きの曲をその後インストとしてというのはジャズの伝統にのっとっているのよね。
そして、矢野の歌付きを先に知っている身としては、それがかえって歌詞や歌声を追想させるわけで。
youtu.be
Bass: Christian McBride
Drums: Antonio Sánchez

NOTES
PRODUCED,ARRANGED & PERFORMED BY AKIKO YANO
RECORDED AT TSUDA HALL, TOKYO / THE HARMONY HALL, MATSUMOTO (FEB.1992)
RECORDING ENGINEER : KINJI YOSHINO
ASSISTANT ENGINEERS : HARUHIKO SATO, SHUIHI NAKAJIMA
MONITOR ENGINEERS : FUMIO NII, AKIRA ISHIGURO
PIANO TUNING : YOSHIYUKI KOBAYASHI
STAGE MANAGERS : AKIMITSU SASAGAWA, YOSHIHISA OMATA
MASTERED BY KINJI YOSHINO WITH NAOMI SOGA AT SONY SHINANOMACHI STUDIO
ART DIRECTOR : HAJIME TACHIBANA
PHOTOGRAPHS : KAORU IIKIMA
HAIR & MAKE UP : CHIAKI SHIMADA
DESIGN : TETSURO YAMAMOTO
SIMBOL DESIGN : GENTO MATSUMOTO

A & R : TAKESHI NAMURA
ARTIST PROMOTION : HIROSHI SHIMIZU, KAZUHISA SAITO, YOSHIHIRO NISHIZAWA, TAKANORI MINAGAWA, YASUHIRO HAYASHI, SHIHO HOMAN
SALES PROMOTION : KATSUYUKI KOGA, TADAHIRO SHIDA, YUKI UEDA
EXECUTIVE PRODUCERS : IKURO MEGURO, HIROSHI GOTOH
ARTIST MANAGEMENT : NEW FRIENDS, Inc.
REPRESENTATION : DONBAY NAGATA, MASUMI TANAKA FOR STMACH, Inc.
THANKS TO KINJI YOSHINO, PAT METHENY, DONBAY, MASUMI, SETSU SUZUKI.
MY LOVE TO MIU, HOOTA, RYUICHI, AND MOST OF ALL, TO JEHOVAH GOD FOR TEACHING ME THE HAPPINESS OF GIVING THROUGH MUSIC.
雑 想
思えば、ピアノ弾き語りというスタイルは矢野の定番だ。
『出前コンサート』と題してピアノさえ用意してくれればどこでも行きます的な企画を催していた時期もあり。
またバンド編成のライヴであっても、ピアノ弾き語りが差し挟まれることはあった。
ところが弾き語りだけで一枚まるまる収録したのは本作が初ということになる。
長年アレンジャーとして共同プロデューサーとして組んでいた坂本龍一によれば、矢野顕子という音楽家は実はピアノと歌だけで完成していると。
だもんで敢えて出し惜しんでいたのだろーか。
たしかに商業ベースで考えれば、バンドアレンジの方が映えるのだろうけれど。
ともかく、
矢野顕子作品のなかで一番聴き倒した一枚かもしれない。
アルバム通して、延々とリピートし続けていた時期がある。
ドキュメンタリー映画も、VHSで購入して繰りかえし観た。
松本人志の『寸止め海峡(仮題)』と
スタジオジブリの『もののけ姫はこうして作られた』と
この『SUPER FORK SONG ピアノが愛した女』は、
仕事に取り組む姿勢として、
ものつくりとして、
モチベーションを否応なく焚きつけられるので、
なにかというと観たくなるのである。
でもって上には遥かな上がいることを思い知るわけですよ。
あたしなんかは。
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